毎日あちこちに日記を書いていた自分が懐かしくなって
このブログに戻ってきた。

この間祖父が亡くなって1年が経った。

母との会話で、お墓参りが頻発するようになった。

祖父が来なくなってもう1年。
1年って凄く早い。

あの日から時計をもらって、大事に置いてある。
私の、思い出はどうしてこうも日付で、色々な事柄を奪っていくのだろうか。

祖父の感触が欲しくて
私はありったけの祖父の思い出を引っ張り出す。
でも、
実家の大きい扉の前にある椅子のとなりで、座っていた時
茶々丸を祖父に渡した時
こっちに帰ってくるときに、挨拶した時

それぐらいしか思い出せなくて・・・。
凄く悔しくて・・・本当に大好きなんだなぁと今も思ってる。

そして家族が居なくなる事も現実的なんだと思い、怖くなった。

私に出来ることは、
母を大切にすること、パパの家族ともっともっと仲良しになること。

その人がこの世から去った時に、本当に後悔してないって思えるようになりたい。

祖父ちゃんの事は
離れてた事もあって、私なにもしてあげれなくて
今も後悔してる。
きっとこれからも後悔する。

だから、
今居る家族は何年かかっても、大事にしてあげたいと思ってる。

祖父の死は私にとって、新しいスイッチになった。
こんなに人が居なくて寂しいんだって、想いを一杯教えてくれた。

お葬式にも記憶が残る頃に出たことなんて無かったから
今でも忘れられない。
釘を打ち付ける棺桶。

もう本当にさようならだと、大泣きしていたんだ。

今年の一周忌。
私は時計にお茶を備えた。
祖父を偲んで、私が出来ることはそれぐらいだったから。

今度実家に帰ったら、祖父に会いに行こう。
お正月が近いから、向こうでも忙しくやっているんだろうか。

ずっと会いたがっていた祖母ちゃんと2度目の正月。
伯母さんと笑いながら、楽しくやっているだろうか。

母もいつか祖父の元へ行く日がやってくる。
まだ20年か30年ぐらいさきだろうけど
私が行くときも待っていてくれるのだろうか。

人は家族を作っていく。
それはきっと、寂しいからだと思う。

作った家族も、産まれた家族も、私は本当に大切で、大好きで・・・。

これからも大切にしていきたいと思う。
2008.11.26 Wed l 想い。 l COM(0) TB(0) l top ▲
今日、テレビで、”東京タワー オカンと僕と ときどきオトン”がやってた。
最終回で、私が見たのはお葬式のシーンで、最初はなんだろうって
でも、お葬式だったから、ドラマにしろなんにしろ、目がとまった。

最後のお別れのシーンが
じいちゃんとお別れした場所とそっくりだったから
同じ系列なんだろうな(会館が)と思ったけれど
心底、溢れ出す物があった。

昨日から、子供の調子も良くなかったので
本日のアカペラを休んだら、だいちゃんからメッセージがきてた。
いろいろ会ったんだから、今年はゆっくりしておいで。

なんか、張ってたものが、緩んだ。

じいちゃんていったら、みんなそんなに近くないみたいで
なんか、遠い人が死んだみたいに思われているから
すっごいすっごいしょっくで。

いつも食べている米も、毎年年末の餅つきも
畑でとれたといってくれる野菜も、近所で行われるゲートボールも
毎日の生活にあったから、それが日常になってたから気がつかなかったけれど
じいちゃんは、私にとっての大切な家族だった。

お母さんの次に大切で、中学や高校の時なんかかなり面倒見てもらって
小さい頃からもかわいがってもらって
孫は、私といとこしかいなかったから、
家族が少ない自分にとって、家族の重さは誰よりも大きかった。

もうじいちゃんは
私の中にしか残ってない。
会いに行こうと思っても、それはずっとずっとずっと先まで待たないとだめ。

そして、この同じ悲しみを、すくなくとも4人は背負っているのかと思うと
さらに切なくなる。

お母さんの泣く姿を見たことはあったけれど
叔母さんが大泣きする姿は、初めてで、その後にただただ悲しかったと言っていた時
じいちゃんの存在がどれだけだったのかと、改めて今でも考えてる。

正直後悔ばっかり。

結婚してからは、1年に2回ぐらいしか帰らなかったし
周作もみせていたけれど、写真だってすくなかったし
もっともっと思い出つくってあげればよかった。
パパも、夏につれて帰ることが出来なくて、それも心残り。

じいちゃん、パパのことも、しゅうくんのことも大好きだったし
ちゃんと家族として認めてくれてたから、私も嬉しかったし
ひ孫の顔が見れてっていわれたけど、もっともっと大きくなるまで見せたかった。

どうやったらじいちゃんのところに、周作の大きくなった姿を届けれるのかな。

25年間、歩いてきた道には、いろんな人が立っていて
そのなかでも、家族は、ずっと側にいてくれた人で
母やじいちゃんは、本当に私の側の人だった。

新しい旅立ち。
分かってる。
でも今は、未だ悲しい。

子供が笑っているのが何よりの救い。

私にとって、今までの家族は母だけ。そして、じいちゃんににいちゃんに叔母さん。
今は、パパや周君がいてくれるけど・・・
やっと結婚して、お母さんやお父さん、叔母さんも増えたけど
一人減ることが、どれだけ悲しいか、寂しいか。

だから、来年の目標はね。
”家族の幸せ”
家族がどうしたら幸せでいられるか。それを努力で見つけたい。

私のほしい物は、無意識で思っていたんだ。
自分のずっと側にいてくれる家族だって。
一人じゃ寂しかったから。
こうやって側にいてくれる人がいるってのは、何よりも幸せです。

じいちゃんも、今はしあわせなのかな。

年末かえって、じいちゃんと話してみたいと思います。

部屋片づいたんだって。
その言葉だけでも、寂しいな。
2007.12.13 Thu l 出来事 l COM(14) TB(0) l top ▲
祖父に、母に、義父義母に・・・。

なんだか救われました。

いやなことを思い出して、久しぶりに体が震えるほどに
嫌な思いで一杯になって、ここに罪を認めて書いてこうと思ったのに

母の電話がかかってきて
鈴の音が聞こえて
義父と義母が訪れて

ちょっと嬉しかった。

そしたら、PCから懐かしい写真を掘り起こして。

笑っちゃった。

嫌な事は、もう過去だから。
2年も引っ張る必要ないのかもね。

私は、大好きな家族を守るために居るのだから
頑張って大好きな家族に認めてもらえるように
一つ一つやっていこうと思います。

ありがとう。
2007.12.06 Thu l 出来事 l COM(0) TB(0) l top ▲
あなたが必要としてくれるから

私がここにいる理由がある

小さな手を伸ばしてくれる時

私の隣で笑ってくれる時

おいしいとご飯を食べてくれる時

すべてを犠牲にして、新しい家族を得てよかったなと

名前を捨てるのも
趣味を捨てるのも
自由を捨てるのも
私と言う作ってきたものを捨てるのも

簡単な事じゃなかったけれど

新しい家族を得て、後悔なんてしてないよ。

パパとしゅうくんが、大好きで大切でしかたないから。

自分が居た家族も、自分が作った家族も、ずっとずっと大切にしていきたい。
2007.11.28 Wed l 想い。 l COM(0) TB(0) l top ▲
「あんなふうに死ねたら、本当に一番いいね。」

誰もが祖父を見て、祖父の話を聞いて、そういってくれる。

私はそれを聞くたびに複雑な気持ちになる。
確かに良かったけど、家族を一人亡くした家族の気持ちは。
どうおもってくれているのだろうか。

めぐり合わせが悪いのか・・・
祖父が亡くなってから、テレビでその様な話ばかりに
目が留まるようになってしまった。

いつも見ている、ダッシュ村や、動物奇想天外も
こんなときに限って、命の尊さを番組の構成に入れてくる。

山羊だよ、犬だよ、わかっているけれど・・・
帰ってきたときに、いった祖父の家とかぶる。
初めて、白い布をかぶっていた祖父を見た時の、私の気持ちとかぶる。
お葬式の時に、釘を打ち付けていた光景とかぶる。

アレが夢だったら、どんなに嬉しいか。

因果な縁だとおもう。
こんな時に、でも寒いから、命はまた少しずつ月と共に
空の晩餐会へ招待されるのだろう。

笑顔で、大往生だったね、ちょっと寂しくなったね。

夢で祖父を追いかけるほど、祖父の骨に手が出したくなる程
形見をもらって嬉しくなる程
自分はじいちゃんが大好きだったんだなぁって
今になって改めて思うんだよ。

家族を亡くしたことなんてなかったから
25になって初めて知った、胸の中の空虚なんだ。

お母さんもおばさんも、私に気を使って、平気に見せかけてるけど
じいちゃんと同じ、一番大切なことをいわない人達だから
すっごい寂しくても、口にはできないんだね。

11月、お母さんのお姉さんの命日もある
来年はばあちゃんの法事もある。
生きてるものは、亡くなった者への”ありがとう”を
こうやってずっとずっとやっていくのだろう。
だけど、悲しみは、空虚は、いつ癒えていくのだろうか。

今年はもう、餅つきも
来年は、田植えも
年間行事がなくなってしまって、すっごくさみしいなって。

新しい家族が増えて、これからパパとかに餅つきをさせていく予定だったのに
ほんの少しだけ神様に、文句を言いたくなった。

9月に帰ってから、最後まで会えなかった。
正直私はそれが心残りなんだ。
ひ孫まで見れたから、ってみんな言ってくれるけど
もっともっと周作にも、じいちゃんという存在をわかってほしかった。

私が3歳の時に祖母を亡くし
私の子供が1歳の時に、祖父をなくした。

人は増えると減っていく、それが自然の成り立ち。
いつかは母も、私も、子供も、順番に呼ばれていく。
でも、でも、人の死にはなるべく立ち会いたくない。
ずっとずっと一緒に長い間共に生きて生きたい。

祖父には兄弟が居る。
祖父の姉と、祖父の弟。
どちらも面識があって、弟さんなんて祖父にそっくりで
いつかまた来るお別れがあるのはわかっている。
だからこそ、1日でも家族を大切にしなくてはいけないけれど・・・

今回の件で自分は少し成長しようと心に決めた。
言葉にできないほど辛いけど、
共に生きていく家族の為に、自分ができる精一杯の事を
もう一度改めて考えて見なければいけないのではないかと
思った。

追伸

今日ね
お姉ちゃんと久しぶりに話した。
「じいちゃんのこといってくれなかったでしょ!!」
って怒られた。

すっごくすっごく嬉しかった。

ねえちゃん、ありがとう。ごめんなさい。


私は残された家族だから、
じいちゃんの分まで、じいちゃんが大切にしていた物も全部背負って
生きていくよ。
大好きな森は、私も一緒に管理していくからね。

安心してばあちゃんと二人で見守っていてください。
2007.11.25 Sun l 出来事 l COM(0) TB(0) l top ▲